その仕組みを“防御手段”として使っていた理由
昔の僕は、
何か新しい仕組みやツールを見ると、
どうしても「これでさらに増やせるかもしれない」と考えていた。
もっと利益を伸ばせるかもしれない。
もっと早く回収できるかもしれない。
もっと上手く立ち回れるかもしれない。
でも、今振り返ると、
僕がその仕組みを使っていた理由は、
ただ増やしたかったからじゃなかった。
本当はもっと地味で、
でもずっと大事な理由があった。
守りたかったからだ。
守りぬいて相場に居続けることを目指した。
欲しかったのは、防御に振った余地だった
前の記事でも書いたように、
僕は丸腰のまま相場に立ちたくなかった。
相場そのものも理不尽だし、
EAやその運用設計も、
そのまま受け入れるだけではどうしても受け身になりやすい。
だから僕は、
少しでも自分の側に選択肢を持ちたかった。
その仕組みに求めていたのは、
爆発力じゃない。
不思議なもので爆発力があるものは、
文字通り口座自体も爆発しやすい。
笑えない言葉遊びだ。
まず僕が欲しかったのは、
・自分で調整できる余地
・リスクをそのまま飲まなくていい余地
・ダメージを軽くできる余地
・助かる可能性を少しでも残せる余地
延命、逃げる時間、回復力
そういう防御に振ったものだった。
道具は、使い方次第で意味が変わる
たぶん昔の僕は、
ツールを“利益を増やすためのもの”としてしか見ていなかった。
でも今は少し違う。
道具って、
使い方次第で意味が変わる。
攻撃にも使えるし、
守りにも使える。
同じものでも、
「どうやって増やすか」のために使うのか、
「どうやって壊れにくくするか」のために使うのかで、
中身はかなり変わる。
僕は後者だった。
そして、生き残った結果として「増える」というのが付いてきただけだ。
外れた時に、何もできないことが一番つらい
相場で一番つらいのは、
思惑が外れることそのものじゃない。
外れた時に、何もできないことだと思っている。
ただ見ているしかない。
ただ祈るしかない。
ただ戻るのを願うしかない。
こういう状態が、僕はかなり苦しかった。
それが極限までくると「早く楽にしてくれ」とさえなってくる。
もうこれは辛すぎて思考が停止している状態だ。
こんな状況で手が打てるわけがない。
だからこそ、
何かが起きた時に少しでも
「まだ触れる」
「まだ調整できる」
「まだ守る余地がある」
と思えることが大事だった。
その感覚があるだけでも、全然違う。
ロットやコピーのされ方を自分で調整できる意味
僕がその仕組みを防御手段として見ていた理由のひとつは、
ロットやコピーのされ方を自分で調整できることだった。
これはかなり大きい。
どれだけ元の設計が魅力的に見えても、
そのままの形が自分に最適とは限らない。
そもそも攻撃力が高い設計は、
そのぶん防御面が薄くなりやすい傾向がある。
そこに加えて
資金量も違う。
口座状況も違う。
どこまで耐えられるかも違う。
そもそも、僕自身の性格も違う。
だったら、
そのまま飲み込むより、
自分に合わせて少しでも守り寄りに調整したかった。
安全第一という言葉がピッタリだ。
僕にとっては、
そこがかなり重要だった。
段数や入り方をそのまま受け入れなくていい感覚
もうひとつ大きかったのは、
段数や入り方をそのまま受け入れなくていい感覚だ。
これもかなり救われた。
EAでもコピトレでも、
そのまま使うと、
ときどき「いや、これはちょっと怖い」と思うことがある。
もちろん、設計には設計の意図があるはずだ。
でも、使うのは自分の資金だ。
だから、
「このまま全部通す」のか、
「ここは少し抑える」のか、
「これは今の自分には重い」のか。
そういう判断を、
少しでも自分側に戻したかった。
試しに小さく回してみると、
「あぶねぇあぶねぇ…調整しないと…」
なんていうのはしょっちゅうだ。
全自動運転ではなく自分自身でハンドルを少しでも握れること。
僕はそこにかなり意味を感じていた。
守りは、地味な調整の積み重ねだった
たぶん、
守りっていうのは、
何か特別なことをすることじゃない。
大きく勝つ技術より前に、
重すぎるものを軽くする
危ないものを少し遠ざける
受け身を減らす
即死しにくい形に変える
そういう地味な調整の積み重ねなんだと思う。
この仕組みを使っていた時の僕も、
まさにそういう感覚だった。
「これで一撃を狙うぞ」ではなく、
「これで少しでも事故の角度を変えたい」
の方が近い。
これはあくまで自分の感想だけど、
一撃を狙えば狙うほど、逆にこっちが重い一撃をくらいやすい気がしていた。
相場に見透かされているんじゃないかと思うくらいに。
防具を着て立つことには意味がある
もちろん、
どれだけ守りとして使っていても、
絶対はない。
それでも崩れる時は崩れるし、
突破される時は突破される。
でも、
何も持たずに立つのと、
少しでも防具を着て立つのとではやっぱり違う。
全部は守れなくても、
致命傷を避けられることはある。
立て直せる範囲で済むこともある。
回収までの時間を短くできることもある。
僕にとって大事だったのは、
その“少しでもマシにする”感覚だった。
傷つかないなんてことはない。
痛みを和らげるという表現がそれにあたると思う。
楽をする道具ではなく、守りながら戦うための防具だった
昔の僕は、
守りを軽く見ていた。
でも何度も崩してきた中で、
派手な攻撃力より、
地味な防御力の方が先なんだと思うようになった。
強い武器を持っていても、
鎧がなければ長くは戦えない。
ずっと自分のターンならいいけど、
必ず相手のターンで攻撃は来る。
鎧や盾もなく裸のままじゃ、そりゃ瞬殺だ。
相場って、
そういう世界なんだと思う。
だから僕は、
その仕組みを
“楽をするための道具”としてじゃなく、
守りながら戦うための防具として見ていた。
次は、実際にどう役立ったのかを書いていく
次の記事では、
その防御手段が実際にどう役立ったのか、
もう少し具体的に書いていこうと思う。
利率がどう変わったのか。
回収感覚がどう変わったのか。
なぜ「増やすため」だけじゃなく、
「守るため」と言えるのか。
そのあたりを、
実体験ベースでちゃんと書いていきたい。
派手さはない。
でも、たぶんこういう話の方が、
今の僕にはずっと大事だ。
一撃の夢を見る前に、
まずは生き残る準備をする。
防御魔法でも、回復薬でも、壁でもいい。
とにかく守りを厚くすること。
今はそれが、
遠回りじゃなくて最短なんじゃないかと思っている。
この記事で書いている“守るための仕組み”について、僕が実際にどう見ていたのかをこちらにまとめました。
ライクネスを「楽する道具」ではなく、「丸腰で相場に立たないための防御手段」として見ていた理由を書いています。
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