その仕組みで、利率より先に“助かる感覚”が変わった
昔の僕は、
何かの仕組みを試して変化があった時、
どうしても最初に「どれだけ増えたか」を見ていた。
利率はどうか。
利益はどれくらい伸びたか。
回収はどれだけ早まったか。
もちろん、それも大事だと思う。
むしろ、そこが気になるのは当然だ。
増やしたくてやってるんだから、
数字を見るのは自然なことだと思う。
でも、あの仕組みを使った時に
僕が最初に感じた変化は、
実はそこだけじゃなかった。
むしろ先に来たのは、
「あ、これ少し助かるかもしれない」
うまく使えば防御力が上がるかも。
という感覚の方だった。
数字より先に、含み損や崩れ方の感じが変わった
もちろん、
結果だけ見れば、
利率が上がった感覚はあった。
回収も少し早くなった。
同じものをそのまま回すより、
体感としては1.4倍とか1.5倍くらいの違いを感じることもあった。
100円が140円になっても、最初は実感が薄い。
「ただの環境差かも?」と思ってしまうこともある。
まぁ、1000円でもそんなにか?って感じる人もいるかもしれない。
ただこれが10000円、20000円となったらどうだろう?
頭では比率は同じだと分かっていても、見過ごせないレベルだ。
キャッシュバックまで含めると、
資金回収のスピード感が変わる。
このへんは、正直かなり大きかった。
でも、
僕の中で印象に残っているのは、
それだけじゃない。
数字が良く見えることより先に、
含み損や崩れ方の感じが少し変わった
というのが大きかった。
含み損が膨らむと、心まで削られていた
昔の僕は、
利益が出ている時は気分がいいけど、
含み損が膨らんでくると一気にしんどくなっていた。
「あ、これ大丈夫か…」
「ちょっと待って、思ったより重いぞ…」
「戻るよね?戻ってくれるよね?」
そんなふうに、
画面を見ながら心まで削られていく感じがあった。
10分のあいだに何度スマホを見るのだろう。
仕事は上の空で、会話も耳に入らない。
利益が出るかどうかより、
その途中で自分が持つかどうかの方が問題になる。
これはかなりきつい。
でも、ある仕組みを入れてからは、
そこが少し変わった。
まったく無傷というわけじゃない。
不安がゼロになるわけでもない。
何度も言っているが「聖杯」はありえない。
でも、
「今までのように、このまま全部をまともに食らう感じではない」
という感覚があった。
これがかなり違った。
危険を全部そのまま受けなくて済む感覚があった
たぶん、
僕が助かったと感じたのは、
“利益が増えたから”だけじゃない。
危険をそのまま全部受けなくて済む感じがあったからだと思う。
ロットの重さ。
コピーのされ方。
段数の入り方。
そのまま飲んでいたら苦しかったものを、
少しだけでも自分側で調整できる。
あめ玉を丸のみにしたら、とても痛い。涙目だ。
でも、それを「少し」噛んだりして砕いて小さくしたらどうだろう。
飲み込みやすいし、分散して痛みも軽くなるかもしれない。
受け入れられないものを自分で「少し」だけ調整する。
この「少し」が大きかった。
相場って、
ゼロか100かじゃないことが多い。
助かるか全損か、だけじゃなくて、
傷を浅くできるか、
立て直せる余地を残せるか、
回復までの時間を短くできるか。
そのへんの違いが、
あとから効いてくる。
僕にとって、その仕組みは
そういう“あとから効く守り”に近かった。
増やすためだけのものじゃないと感じた
正直に言うと、
最初はそこまで深く考えていなかった。
便利そうだな。
効率良さそうだな。
これで少しでも増えたらいいな。
そのくらいの気持ちもあった。
でも実際に使ってみると、
印象は少し変わった。
「あれ、これって増やすためだけのものじゃないな」
「むしろ守る意味の方が大きいかもしれない」
そう思うようになった。
特に、
リスクをそのまま飲み込まずに済む感覚。
これがかなり大きかった。
丸腰のまま突っ込むんじゃなくて、
少しでも防具をつけて立てる感じ。
数字の変化ももちろん嬉しい。
でも、僕の中では
そっちの方が先に来た。
“お得な道具”ではなく、絶望を浅くする感覚だった
利率が上がる。
回収が早くなる。
キャッシュバックも乗る。
こういう話だけをすると、
どうしても“お得な道具”みたいに聞こえるかもしれない。
でも僕の中では、
そこが本質じゃなかった。
本当に大きかったのは、
仮に大きく崩れた時にも、まだトントン付近まで持っていける感覚があったことだ。
もちろん、
毎回そうなるなんて言わない。
相場はそんなに甘くない。
でも、
ただまともに受けて終わるより、
少しでも回収を早められる。
少しでも傷を浅くできる。
少しでも「まだ終わってない」と思える。
この感覚はかなり大きい。
相場では、
利益の大きさだけじゃなく、
絶望の深さを浅くできるかも大事なんだと思う。
損切りや瞬間的なドローダウンを100%避けるなんて、
それはさすがに無理だと思う。
たぶん、プロでも難しい。
相場にいる以上、食らうこと自体は避けにくい。
だからこそ、最小限に、浅く、軽く受けること。
戦い続けるためには、
攻め方より受け方の方が大事なんだと思う。
ただ祈るしかない状態から、まだ守る余地がある状態へ
たぶん昔の僕は、
「どれだけ勝てるか」ばかり見ていた。
でも何度もしんどい思いをしてきた中で、
少しずつ見る場所が変わった。
どれだけ勝てるかだけじゃなくて、
どれだけ持ちこたえられるか。
どれだけ崩れにくいか。
どれだけ立て直しやすいか。
この仕組みを使ったことで、
そこに少しだけ現実味が出た。
夢みたいに一気に全部解決するわけじゃない。
無敵になるわけでもない。
聖杯でもない。
でも、
「ただ祈るしかない状態」から、
「まだ守る余地がある状態」へ少し寄せられる。
それだけでも、
僕には十分大きかった。
祈って助かるならずっと祈りますよ。
でも、祈りなんて届かないくらい相場は無慈悲。
祈るだけくらいなら、なんでもいいから自分の前に置いて守って防御しようよ。
そう思えるようになった。
利率の変化より先に、助かる感覚が変わった
このブログでここまで書いてきたように、
僕は一発逆転を狙うとズレやすい。
爆益を見ると心が揺れる。
危ない前兆も何度も無視してきた。
そしてようやく、
止めることや守る仕組みの大事さが分かってきた。
(自他ともに「遅いっ!」って言われそうだが…)
その流れの中で、
この仕組みが僕にくれたのは、
単なる効率化だけじゃなかった。
利率の変化より先に、助かる感覚の変化。
たぶん、そこが一番大きかったんだと思う。
次は、その感覚がなぜ生まれたのかを書いていく
次の記事では、
その感覚がなぜ生まれたのか、
もう少し具体的に書いていこうと思う。
なぜ利率が変わったように感じたのか。
なぜ含み損の感じ方が変わったのか。
なぜ「守るため」と言えるのか。
派手な爆益話じゃない。
でも、こういう実感の方が
今の僕にはずっと大事だ。
増えることは嬉しい。
でもその前に、
助かる形を作れるかどうか。
明日も相場に居られる状態なのか。
今はそこを、ちゃんと見ていたいと思っている。
この記事で書いている“守るための仕組み”について、僕が実際にどう見ていたのかをこちらにまとめました。
ライクネスを「楽する道具」ではなく、「丸腰で相場に立たないための防御手段」として見ていた理由を書いています。
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