守るために使っていた仕組みがある
昔の僕は、
守ることを気合いや根性でどうにかしようとしていた。
ロットを気をつけよう。
危ない日は慎重にしよう。
欲を出しすぎないようにしよう。
ちゃんと止めよう。
もちろん、そういう意識は大事だと思う。
意識を持てるようになっただけでも自分を褒めてあげたい。
でも実際には、
人間ってそんなに強くない。
調子が良いと気が緩む。
焦ると雑になる。
連勝すると強気になる。
逆に負けると取り返したくなる。
頭では分かっていても、
感情までいつもコントロールできるわけじゃない。
実際に頭の中を支配しているのは
「早く稼ぎたい!」という厄介な感情。
だから僕は途中から、
「守りは気持ちだけじゃ足りない」
と思うようになった。
意識だけじゃなく、仕組みとして守る
相場で生き残るためには、
意識だけじゃなくて、
仕組みとして守ることが必要だと思った。
その日その日の判断力に全部を任せるんじゃなくて、
少しでも事故りにくくする構造を作る。
無茶をしにくくする。
崩れにくくする。
一発で致命傷になりにくくする。
そういう“守りの仕組み”を持っているかどうかで、
同じ相場でも結果はかなり変わると思っている。
FXの世界では、本当に小さなこと、
驚くような些細なことでも、時に大事故につながりかねない。
明け方に真っ赤なスマホの画面を見て
吐きそうになるなんてもう経験したくない。
守ることは、ただ耐えることじゃない
昔の僕は、
守ることを「我慢」だと思っていた。
でも今は少し違う。
守るって、
ただ耐えることじゃない。
壊れにくくする工夫を先に入れておくことだと思っている。
危ない時にだけ慌てて止めるんじゃなくて、
危なくなった時にまだ助かるように、
普段から配線しておく感じ。
これはEAでも同じだった。
どれだけ優秀そうに見えるものでも、
守りの設計がなければ、
最後はどこかで苦しくなる。
しかも厄介なのは、EA利用者って相場にだけ意識が向きやすいことだ。
でも実際には、それがどういう設計で、どういう前提で作られていて、どこが危ないのかまで分からないまま使うことも多い。
誰かが悪いと言いたいわけじゃない。
ただ、構造上、使う側は受け身になりやすくて不利になりやすい。
だから僕は、丸腰のまま相場に立たないための仕組みが必要だと思うようになった。
明確な損切り機能がないものは、どうしても苦しい日を抱えやすい。
いつか来るその日を、どこかで怯えながら待つことにもなりやすい。
逆に、
少しでも壊れにくい形にしておけば、
同じものでも付き合い方が変わる。
必要だったのは、ミスしても即死しにくい仕組みだった
僕が欲しかったのは、
毎回の判断で完璧に勝つことじゃない。
判断を間違えた時でも、
すぐに全部が終わらない形だった。
人はミスをする。
感情にも引っ張られる。
嫌な予感を無視することだってある。
その前提で考えた時、
必要なのは「絶対にミスしない自分」じゃなくて、
ミスしても即死しにくい仕組みの方だった。
これはすごく大きかった。
仮に自分がそのタイミングでミスをしていなくても、
相場って、こっちが完璧でも不機嫌な顔で荒らしてくることがある。
しかも最後に「はい、君のミスね」とでも言うみたいに去っていく。
そういう理不尽さも前提にしておいた方がいい。
だったら最初からミスする、ミスさせられる前提で仕組みを作ればいいと。
“強い仕組み”より“助かりやすい仕組み”を求めていた
正直に言うと、
僕は“強い仕組み”より先に
“助かりやすい仕組み”を求めていたのかもしれない。
爆発力のあるもの。
見栄えの良いもの。
一気に増やせそうなもの。
そういうものに惹かれてきたし、
今でも惹かれないわけじゃない。
そんなことは、言われなくても頭では分かっている。
それでも、危険がつきまとっていても魅力的に見えてしまう。
でも、
最終的に残したいのは資金であり、
次に進める余力であり、
また立て直せる可能性だ。
そう考えると、
守りの仕組みは地味だけどかなり大事だった。
この考えに辿り着くまで、
どれだけの時間と資金を失ってきたか。
「目は虚ろで食事は喉が通らない」
昔は大袈裟だと思っていた。
でも、自分がその立場になると本当にそうなる。
そこに不眠と注意力散漫までついてくる。
どれだけ攻撃力が高くてもダメなんだ。
防御力を一緒に高めないと。
実際に頼るようになったのは、守るための仕組みだった
このブログでこれまで書いてきたように、
僕は一発逆転を狙うとズレやすい。
爆益報告を見ると心が揺れる。
「あ、これあかんやつや」の前兆も何度も無視してきた。
そしてようやく、
“勝てるEA”より“壊れにくい運用”を重視するようになった。
止めるのも運用のうちだと思うようになった。
その流れの中で、
僕が頼るようになったのが、
そういう守りの仕組みだった。
万能じゃなくても、丸腰で立つよりはずっとマシだった
もちろん、
どんな仕組みでも万能ではない。
入れたから絶対安心、なんてものはない。
それだけで勝てるようになるわけでもない。
聖杯は絶対に無いのだ。
でも少なくとも、
守りを何も持たずに丸腰で相場に立つよりは、
ずっとマシだった。
僕にとって大事だったのは、
利益を最大化することより、
事故のダメージを少しでも減らすこと。
資金回収を少しでも早めること。
崩れた時に、まだ立て直せる余地を残すこと。
そういう発想だった。
攻撃力極振りだった僕にしては驚くべき進化だと思う。
気付くまで遠回りしすぎて情けないが…
守りを後ろに置かない
たぶん昔の僕は、
守りを軽く見ていた。
勝てるかどうかばかり見て、
守る仕組みは後回し。
増えるかどうかばかり見て、
壊れた時のことは後回し。
ゲームで言えば回復役と補助役を下に見てないがしろにしていて、
どうやっても倒せない敵が現れてから対応するようなものだ。
でも、それだと遅かった。
ゲームはそれでも良かったが
相場で同じことをすれば即強制退場だ。
大切な資金は飲まれて返ってこないし、やり直しも効かない。
ゲームはゲームでも闇のゲームだと思った方がいい…
事故は起きてからでは遅い。
溶けてからでは遅い。
完全退場してからでは、もっと遅い。
だから今は、
守りを後ろに置かない。
最初から考える。
最初から入れておく。
最初から、助かりやすい形を作っておく。
守るための仕組みを、少しずつ書いていく
この先の記事では、
僕が実際にどういう考えで
“守るための仕組み”を使っていたのか、
少しずつ書いていこうと思う。
派手な必勝法ではない。
一撃で全部を変える話でもない。
でも、
こういう地味な工夫の方が、
僕にはずっと現実的だった。
そしてたぶん、
一発逆転を狙うとズレやすい僕みたいな人間には、
そういう仕組みの方が合っているんだと思う。
攻撃力特化の脳筋パーティで
旅をするのはもう金輪際辞めよう。
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