止めるのも運用のうちだと思うようになった
昔の僕は、止めることが苦手だった。
EAを止める。
稼働を見送る。
今日は触らないと決める。
そういう判断を、どこかで「もったいない」と思っていた。
せっかくチャンスがあるかもしれないのに。
今日も動くかもしれないのに。
止めている間に取れた利益があるかもしれないのに。
みんな稼いでるのに僕だけ置いて行かれてる。
追いつかなきゃ稼がなきゃ。
そんなふうに考えて、
本当は嫌な感じがしていても、
本当は見送った方がいいと思っていても、
そのまま回してしまうことが何度もあった。
でも今は、前よりはっきり思う。
止めるのも運用のうちだ。
生き残ることが先決だ。
“やらない判断”も、ちゃんと運用だった
昔の僕は、運用という言葉を少し狭く考えていた。
いいEAを見つけること。
設定を合わせること。
ロットを決めること。
実際に稼働させること。
そのあたりだけを「運用」だと思っていた。
でも本当は違った。
止めること。
見送ること。
ロットを落とすこと。
今日は触らないと決めること。
そういう“やらない判断”も、ちゃんと運用なんだと思うようになった。
むしろ、長く生き残るなら、そっちの方が大事な場面すらある。
悔しいけどこれは最初からは分からない。
誰かが教えてくれても他人事だと思って聞き流してしまう。
空いているから回す、ではなく回していい日かを見る
相場は、毎日同じじゃない。
穏やかな日もあれば、妙に荒れる日もある。
何となく嫌な空気の日もある。
指標やヘッドラインで一気に流れが変わる日もある。
EAだって同じで、
得意な日もあれば、苦手な日もある。
それなのに昔の僕は、
「空いてる日=稼働する日」
みたいに考えていた。
でも今はそうは思わない。
空いているから回す、ではなくて、
回していい日かどうかを見る。
この順番じゃないと危ない。
稼ぎたいという気持ちは一旦置いて
生き残りたい、死にたくないを最優先にすべきだ。
取れたかもしれない利益より、避けられたかもしれない事故
たぶん昔の僕は、
止めることを「機会損失」だと思いすぎていた。
もちろん、止めた日に利益が出ることはある。
あとから見れば、
「あの日も回しておけばよかった」
と思うこともある。
でも逆に、
止めていたから助かった日もたくさんある。
問題はこっちだった。
取れたかもしれない利益より、
避けられたかもしれない事故。
今の僕は、前よりそっちを重く見るようになった。
事故が起こってしまって後から過去に戻れば絶対に停止ボタンを押すだろう。
結果が分かっていれば誰でも止められる。
でも、
リアルタイムで「稼がなきゃ」という感情に支配された頭では、その停止ボタンが押せない。
僕もまさにそうだった。
止めることは、弱さではなく判断だった
EAを止めるって、
昔の僕にとっては少し敗北感があった。
自分のEAを信じ切れていない気がしたし、
逃げている感じもしたし、
勇気が足りないようにも思えた。
でも実際には逆だったのかもしれない。
嫌な日に止める。
危ない日に見送る。
無理そうなら触らない。
それって、弱さじゃなくて、
状況を見て判断しているってことだ。
少なくとも今の僕には、
その方がずっと健全に思える。
今だから分かる。
逃げるが勝ちという言葉の意味が。
「動かせる」ことと「動かすべき」ことは違う
車だって、天気が悪い日に無理して飛ばさない方がいい。
体調が悪い日に無茶しない方がいい。
相場もたぶん少し似ている。
「動かせる」ことと
「動かすべき」ことは違う。
EAを入れられるからといって、
その日が本当に稼働すべき日とは限らない。
昔はこの違いが分かっていなかった。
でも、いろいろ崩してきた中で、
動かさない判断の重さを少しずつ知った。
新しいEAを手に入れると、早く回したくなる。
稼働していない時間がもったいなく見える。
昔の僕もそうだった。
でも、そこで欲に引っ張られると危ない。
止めるべき時に止められないことが危ない
まだいけるかもしれない。
今日くらいは大丈夫かもしれない。
昨日も助かったし今回も平気かもしれない。
こういう時はだいたい危ない。
そして、そういう日に限って
あとから見れば止める理由がちゃんとあったりする。
違和感があった。
ロットが少し重かった。
地合いが怪しかった。
ニュースが気になっていた。
本当は自分でも少し嫌な感じがしていた。
なのに、止めなかった。
この積み重ねが事故につながる。
ゲームなら、失敗してもやり直せる。
でもEAで事故れば、自分の大事な資金が直接傷つく。
そこが決定的に違う。
事故を防ぐための守る勇気。
止めることで守れるものがある
今の僕は、
「今日はやらない」
を前よりちゃんと選びたいと思っている。
それは、臆病になったからじゃない。
むしろ逆で、
守るべきものが見えてきたからだと思う。
資金を守る。
メンタルを守る。
次に進むための余力を守る。
全部を毎日勝ちにいく必要はない。
毎日触らなきゃいけないわけでもない。
止めることで守れるなら、
それは立派な運用だ。
少なくとも僕は、その日1日止めたことで全部が崩れるより、
長い目でプラスを取りにいきたいと思うようになった。
たぶん僕は昔、
「回し続けること」が正義みたいに思っていた。
でも今は、
必要な時に止められることの方が、ずっと大事だと思っている。
全部フル稼働。
空いてる日は全部稼働。
止めるのはもったいない。
そういう感覚は、一見すると前向きに見える。
でも僕みたいに一発逆転を狙うとズレやすい人間にとっては、少し危ない。
止めない勇気より、
止める勇気の方が必要な日がある。
ゲームで言えば「たたかう」というコマンドしか使ってない状態だ。
RPGであれば必ずと言っていいほど「ぼうぎょ」や「にげる」というコマンドも一緒にあるはずだ。
「にげる」は使うかもしれないが「ぼうぎょ」は中々使わない。
「ぼうぎょ」が使える人は玄人だと思っている。
止めるのは後退じゃない。見送りは負けじゃない
もちろん、止めた判断が毎回正しいとは限らない。
止めた日に伸びることもあるし、
見送った後に「やっぱりいけたな」と思うこともある。
でも、それでいいんだと思う。
僕が取りに行きたいのは、
全部の利益じゃない。
壊れずに続けられる形だ。
そう考えるようになってから、
止めることへの見え方が変わった。
稼働しない日は空白じゃない。
それも全部、運用の一部だ。
これからこのブログでは、
「どう動かすか」だけじゃなくて
「どう止めるか」もちゃんと書いていきたいと思っている。
勝てた日の話だけじゃなくて、
見送った日の意味も。
回した日の記録だけじゃなくて、
止めた日の判断も。
その方が、たぶん現実に近いからだ。
僕はまだまだ上手くない。
迷うこともあるし、止めた後にソワソワすることもある。
それでも今は、前より思える。
止めるのも運用のうちだ。
落ち着くまで止めて静観するのも、強い一手だと思う。
そしてたぶん、
そう思えるようになってからの方が、
少しだけ長く生き残れる気がしている。
さて、明日もしっかり停止ボタンが押せるメンタルを育てよう。
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