「あ、これあかんやつや」と思う瞬間には共通点がある
大きな損失や失敗って、ある日いきなり降ってくるようでいて、
実はその前から少しずつ空気がおかしくなっていることが多い。
少なくとも、僕はそうだった。
本当に危ない時って、
チャートがどうこうの前に、
なんとなく嫌な感じがある。
言葉にしにくいけど、
「あ、これあかんやつや」
と感じる瞬間がある。
昔はその感覚をうまく言語化できなかった。
でも何度も失敗してきた中で、少しずつ分かってきた。
あの感覚には、だいたい共通点がある。
自分の中で焦りが強くなっている時
早く取り返したい。
早く増やしたい。
この波に乗り遅れたくない。
そんな気持ちが強くなると、
相場を見ているようで、実際には自分の感情しか見ていない。
EAを使っていると、
「あ、早く自動売買のボタン押さなきゃ」
「指標は夜だから大丈夫」
「1日稼働しないなんてもったいない」
みたいな思考に引っ張られることがある。
爆益系と呼ばれるものなら、なおさらだ。
快感とリスクは表裏一体なのに。
ルールより願望が前に出る。
冷静さより期待が勝つ。
そして、見たいものだけを見るようになる。
こういう時はだいたい危ない。
後から振り返ると、
相場が危険だったというより、
自分が危険な状態になっていたんだと思う。
順調すぎて警戒が薄れている時
これも厄介だ。
負けている時の危うさは分かりやすい。
でも本当に怖いのは、むしろ少しうまくいっている時かもしれない。
連勝している。
含み損も軽い。
思ったより回っている。
資金も増えている。
そうなると、
どこかで気が緩む。
「この感じならいけるかも」
「今回は大丈夫そう」
「ちょっとくらい強気でもいいか」
こういう空気が出てきた時、僕はかなり危ない。
それは、ただ単に相場がEAに合わせてくれているだけかもしれない。
もしかしたら、今いる場所は山の頂上なだけかもしれない。
頂上なら景色はいい。結果も派手に見える。
でも頂上ってことは、その先に転げ落ちる可能性もあるってことだ。
危険は、いつも損失の顔をして来るわけじゃない。
むしろ、快適さとか順調さとか、そういう顔をして近づいてくることがある。
見たくないものを見なくなっている時
これも典型的だった。
本当はロットが大きい。
本当は含み損が重い。
本当はこのまま逆に行ったら苦しい。
本当はいつもと違うことをしている。
でも、そういう時ほど人は都合よく考える。
たぶん大丈夫。
そのうち戻る。
今回は例外。
ここを抜ければ伸びる。
こうやって、自分で自分をごまかし始める。
僕の場合、このモードに入るとかなり危険だ。
なぜなら、相場に負ける前に、自分への観測が雑になっているから。
車の免許を取る時、「だろう運転はするな」と教わる。
子どもが飛び出してこないだろう。
このくらいなら大丈夫だろう。
そう思った時ほど事故は起きる。
相場も少し似ている。
ハイレバ、高ロット、大きめの証拠金。
当たればSNSでキラキラした爆益報告。
でも外れれば、大事故しかない。
僕にはそう見える。
分かっててもやるんです。
何度かピンチを切り抜けてると必ずやってしまう。
根拠より雰囲気で動き始めている時
なんとなく上に行きそう。
なんとなく強そう。
なんとなく今入らないと置いていかれそう。
この“なんとなく”は、たまに当たる。
でも問題は、当たるか外れるかじゃない。
続けた時に壊れるかどうか、だ。
しかも、こういう時に限って安全装置(損切り)が甘くなりやすい。
特にナンピンマーチン系のEAは、「今まで助かってきたから今回も大丈夫だろう」と思いやすい。
損切り機能があっても、数字を入れなかったり、そもそもオンにしなかったり。
僕自身、そういう雑さが事故につながるのを何度も見てきた。
マイナスを確定させることは利益を確定させるよりも難しい。
人は損を極度に嫌がる生き物だから。
僕はここを何度も間違えた。
1回勝つと、
その“なんとなく”に自信がついてしまう。
でも再現性のないものは、
気分がいいだけで、土台にはならない。
だから今は、
「これ、ちゃんと説明できるか?」
と自分に聞くようにしている。
説明できないなら、
だいたいまだ雑だ。
相場そのものより、自分がズレている時
結局のところ、
「あ、これあかんやつや」と思う時の共通点は、
なんだと思う。
焦っている。
浮かれている。
ごまかしている。
雰囲気で動いている。
見たくないものから目をそらしている。
そういう時は、たいていろくなことにならない。
逆に言えば、
僕にとって守りというのは、
チャートの形だけを見ることじゃない。
自分のズレを早めに見つけること。
危ない空気を察知すること。
「今の自分、雑になってないか?」と立ち止まること。
そっちの方がずっと大事だった。
過去に自分が溶かした日はどんな日だったのか?
辛くても見つめなおす。
それがヒントになると思う。
昔の僕は、
「あかん感じがする」と思っても無視していた。
せっかくのチャンスかもしれない。
ここでやらなきゃ増えないかもしれない。
今やめたらもったいないかもしれない。
そうやって進んで、
だいたい後から痛い目を見る。
だから今は、その逆をやるようにしている。
嫌な感じがしたら、少し引く。
順調すぎたら疑う。
焦っていたら止まる。
ごまかし始めたら見直す。
派手ではない。
でも、こういう地味なブレーキの方が、
僕にはずっと大事だった。
壊れる前に気づける感覚を磨きたい
相場で生き残るのに必要なのは、
いつでも強気でいくことじゃない。
むしろ、
「今の自分、ちょっと危ないかもしれない」
と認められることの方が大事なんじゃないかと思っている。
それは弱さじゃなくて、
たぶん守るための感覚だ。
触れない勇気。
止める勇気。
撤退する勇気。
僕は、そういう感覚をもっとちゃんと磨いていきたいと思っている。
爆益のセンスより先に、
危険に早く気づける感覚を。
今の僕にとっては、それが
「守りながら増やす」ための土台だからだ。
でも、これは何度も壊した(溶かした)経験から覚えたもの。
もっと早く気づきたかった。
そう思うことは今でもある。
でも、本当に言うべきなのはたぶんこっちだ。
全てを失って完全退場する前に、気づけて良かった。
そう思えるうちは、まだ前に進める。
コメントフォーム